『お別れ…。』
ども。
僕の家は木造の築100年(?)位の、良いように言えば町屋です。
正直、ガタガタで隙間だらけでどうしょうも無いくらい住みにくい。
町屋は夏でも涼しくすごせると言いますが、それは20世紀までの話。
最近の暑さは、もはや町屋の構造では防ぎきれない暑さです。
昔の人の想定外の暑さなんでしょうね。
でもでも、なーんか好きなんです。生まれ育った我が家が。
そんな伊藤です。
タイトルが『お別れ…。』でここまで読んだら、とうとうその実家を取り壊すのか?とか
思われそうですが、お別れしたのは実家じゃなくて17年間飼ってた猫です。
ついこの前、死んじゃったんです。
今回はちょいと暗い話なので、暗い気持ちが伝染したくない人は読まんで下さい。
アイツの事をブログに書いたこと無いので、なんか…なんか書いときたいのです。
今、僕がアイツについて思うこと、感じている事って多分時間がたったら薄れちゃうから。
このブログって奴はそういう時にとても便利で、自分でも前に書いた奴をちょくちょく
読み返しては過去の思い出を鮮明に思い出してみたりしてるのです。
アイツの名前は『チョビ』です。命名したのは妹。
なんで『チョビ』になったかと言いますと、当時妹が愛読していた『動物のお医者さん』と言う
漫画がありまして、その主人公が飼っていた犬の名前が『チョビ』でした。
妹はその『チョビ(犬)』がいたく気に入ったらしく、両親に「チョビ(犬)を飼いたい、チョビ(犬)
を飼いたい。」と毎日のようにせがんでました。
が当然の如く両親は「無理。」の一点張りで突っぱねてました。
そんな家族のやりとりを横目に中学生だった僕は「まぁどっちでもいいや。」と傍観を
決め込んでます。
それから約1年後。妹が「犬飼いたい。」と言わなくなってきた頃に突然。ほんとに突然に
お母ちゃんがガリガリの青い目をした子猫を連れてきました。
聞くところによるとこの子猫、お母ちゃんの友達の家の近辺に捨てられてた?とかなんとかで
でもウチでは飼えないので貰い手を捜していたらしく、お母ちゃんに相談したところ
なんかほっとけなくなくなったみたいで、「我が家で引き取る」宣言してもらってきたもよう。
こうして17年前に『チョビ(猫)』が我が家にやってきました。

この『チョビ』は我が家に来るまえから病気だったみたいで、来た当初は吐くは下痢下痢やわ
で超大変。しかも捨て猫やからか警戒心が強く、人になつかず家の縁の下とかにピュッと
逃げ込んだりで家族全員どうしたらいいのかホトホト困ってます。
特に妹にいたっては、可愛がろうと部屋に連れ込んだ時にベットの上で下痢をぶちまけ
られて、泣きながら「こんな猫もういらん〜!!」と叫んでました。
どうにも伊藤家に慣れてくれない『チョビ』。
『チョビ』が来て数週間後のある日の僕。
いつものように隙を見て部屋を飛び出して縁の下に逃げ込んだらしく、お母ちゃんに
「あんたボサッとしてんと連れてきて。」と無理難題を言いつけられます。
町で見かけた野良猫を触ろうとしても、もうちょっとの所で逃げられますよね?
警戒心の強い猫はある一定のエリアにこっちが踏み込むとピュッと逃げます。
まさにそんな感じの半野良の『チョビ』。部屋に戻すには彼女の意思が必要です。
当時の『チョビ』には「腹が減った。」以外で部屋に戻る理由はありません。
「…そんなんどうしたらええねん」と嘆きながら中庭に行き『チョビ』さんを探します。
案外にすぐ見つけれました。中庭から母屋の縁の下に1.5メートル程入ったとこにいました。
青い目で僕を見つめてます。手を伸ばせば届きそうな距離ですが100%逃げます。
どうしたもんかと睨めっこしながら僕は考えました。さんざん考えました。
思いついた事は「ムツゴロウになれ。」でした。心の底から「こっちに来て。」と念じるだけ。
「お願い。怖い事せえへんから、こっち来て。」ひたすらそう念じ、自らの意思で僕の手の内に
来てくれるのを待ちました。
20分位たった頃ですかね。ついに…ついに『チョビ』は縁の下から出てきて僕の手に
体をこすり付けてきました。正直、なんか感動します。
飼い主的都合のいい発想ですが、この日を境に『チョビ』さんは人に慣れるようになりました。
もちろん1番は僕です。
恐らくそれまでは皆、言う事を聞かそうと必死やったんでしょうな。
必死すぎてそれが怖い。よくあることです。
猫に「おいで。」って言っても大抵は来ない。その事に皆気づいて強要はしなくなりました。
すると猫の警戒心も解けるんですね。
ついに『チョビ』が伊藤家の家族になった日でした。
猫ってあんまりお世話せんでもいいんです。
トイレの掃除するくらいで、基本ほったらかし。
最初はお風呂に入れたりもしてたけど、大暴れするもんで誰も洗いたがらなくなり
しばらくほっといたら、以外に臭くならない事が判明。
いっつも体を自分でペロペロしてるから大丈夫なんですね。常に毛並みサラサラ艶々。
ある日うちのお父ちゃんが酔っ払ってソファーで寝てました。
お父ちゃんは髪のセットするのにジェルを使ってたので頭パリパリでした。
そんな頭パリパリのお父ちゃんが寝てるのを発見した『チョビ』。
おもむろにお父ちゃんの髪をペロペロしだします。そして舐め続けます。
お父ちゃんが目を覚ます頃には、髪サラサラでした。
そんな綺麗好きの『チョビ』。
猫は歌にもあるように寒がりです。ので基本的に温かい所に行きたがります。
昼間は縁側かテレビの上。夜は布団の中。
独身時代、実家での僕の部屋はリビング(居間?)の隣です。リビングは『チョビ』の場所。
近くの布団は僕のベットしかないので毎晩一緒に寝てました。
夜にリビングでテレビを見てると扉の前で「ニャー。」とこっちを見て呼んでくる『チョビ』さん。
夏場は暑くて寝苦しいから部屋から閉め出してたら、いつの間にか自分で扉を開けて
入って来るようになった妙に感心させられる『チョビ』。
早朝お腹が減って、耳元でニャーニャー鳴いて僕を起こしにかかる『チョビ』。
それでも起きずに寝こけてると、僕の顎に咬みついてくる『チョビ』。
………
思い出そうとしたら書き切れない位、『チョビ』の思い出があふれますね。
僕は幸か不幸か今まで肉親の死というのに会った事はありません。
この『チョビ』の死が僕にとっての初めての身近な死でした。
死んじゃう1週間くらい前から餌をほとんど食べなくなり、終には水さえも飲まなくなります。
病院に連れて行こうかとも思いましたが、1年前に調子が悪くなった時に病院で獣医さんに
「もう年齢的に内臓とかが弱っていて、点滴くらいしか処置のしようが無い。」と言われて
いたので、家族全員、『チョビ』は寿命であると理解し、自然の摂理に任せようと
言う事になり、ただただ見守るだけの毎日。
『チョビ』が死んじゃう前日の深夜、僕はちょっと無理やり水を飲ませてみようと試みました。
無理やりっつても、台所に運んで口に水の入った器を近づけるとかそんな事ですが…
『チョビ』はやっぱり水が飲みたいみたいで飲むそぶりは見せる物の、どうにも飲まない。
いや、飲めないんでしょうね。数回チャレンジした後ヨロヨロと寝床に帰り寝転んでました。
これが動く『チョビ』を見た最後。
次の日の朝、仕事に行く前に様子を見たところ『チョビ』は昨晩と変わらぬ体勢でいます。
呼吸はしてたけどちょっと目は虚ろで…せめて下にタオルをひいてやろうと少し触ってみると
苦しそうに細く小さい声で鳴きます。
僕はどうしてやる事もできずに仕事に行きました。
これが生きてる『チョビ』を触った最後。
仕事から帰ると『チョビ』はタオルに包まれて箱に入ってました。
体はビックリするくらいカチカチで、でも肉球はいつもどうり柔らかい。
これが『チョビ』に触れた最後。
『死ぬかも』という事は解ってはいました。
やはり『死ぬかも』と『死んだ』の違いはそうとうなもんで、どうしようも無く色々考えちゃいます。
なんとも言えないやるせない感情。
付き合ってた子に直接別れを言われた時の感じを何十倍にもした喪失感。
何かもっとしてやれたんじゃないか?
今さらどうしようもない『死んだ』現実。
『死』を前に人は無力である。
そんな哲学的なアホみたいな考えのループ。
なんだかなぁ…
でもこれだけは確信をもって思います。
すーごく。すーごく可愛い奴でした。

